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鈴木光明さんといえば「もも子探偵長」(りぼん 1958〜)でしょうか(後の少女漫画家を育てたということのほうが有名かも)、同時期の短編時代劇。
◆『嵐獅子丸』「漫画王」(秋田書店1958)
表紙入れて18p。父の仇うちをするため、相手の道場主の配下を次々と道場破りで倒していく・・・。アクションで見せながらドラマはちょっと詰まった感じで終局へ。当時はこんなにコマ割りが多かった。けれど、見やすけれどページ数少ないに越したことないように思うのだが。
※作者名のふりがなが〈すずきこうめい〉になっている。あれ?そうも言われてなのかなあといろいろ検索。検索ではそのテの話題はなく、作品の柱をみたらこちらには〈すずきみつあき〉とある。単純にふりがなのミスなんだろうと解決?
※表紙に「れっぱくの気合!!」と煽り文句。「れっぱく」がわからない。検索。
「裂帛」と書くようで。知らない文字が。帛(きぬ)を引き裂くという意味。で、この「帛(きぬ)」って?検索。・・・〈パラオの漢字表記「帛琉」の略称。絹のこと〉。ああ絹でいいのか・・・というように苦労してんました(^_^;)。
「絹を引き裂く気合!!」ってことでいいのかな?いまいちピンと来ないけれど。当時の子どもは〈れっぱく〉って知ってたのかな…。

鈴木光明さんの検索途中で出てきた(脱線して)、同人活動とな。
〈1956年、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、永島慎二らと同人グループ・かこう会を結成していた〉そうですけれど、どんな活動をしていたんだろう…。
赤塚 不二夫、1935年 - 2008年
鈴木 光明、1936年 - 2004年
永島 慎二、1937年 - 2005年
石ノ森 章太郎、1938年 - 1998年
そのメンバー、単純に見て1つ違い。仲良しだった?石ノ森さんと赤塚さんって3つも違いがあったんだ・・・。ちなみにトキワ荘の寺田ヒロオさんは1931年生まれでかなり年上感がありますね(20才前後の頃は特に)。石ノ森さんのお姉さんは3つ上らしいから赤塚さんと同年?
1958年、石ノ森のお姉さんはこの年他界されているようで、
赤塚さんは「ナマちゃん」の最初の作品が掲載。石森さん・水野英子さんらとU・マイア名義で合作を描いている年。
永島慎二さんは少女誌で少女漫画系の作品を書いていた頃のようです。
4人共少女漫画中心だった頃?

とあるドラマを見たところなのでトキワ荘に引っ張られている(^_^;)
ちなみに、永島慎二さんも妹さんを早くなくされていると思うんですが、そちらのドラマも作って欲しいな。

さて、この表紙を見た時、あれ?石ノ森さんに絵が似ていないかと思ったわけで、でもこうやって同人活動してたということは絵柄的にも惹かれ合うものがあったのだろうかとかおもいながら、いや、皆、手塚治虫ファンだから、影響は手塚さんから受け継いでいるんだろうと・・・勝手に解釈。
ちなみに、鈴木光明さんの他の人との違い/個性はとがった鼻だと思う(^_^;)。